アジア古来の哲学と自然と芸術

彩流華 華林苑

Sairyuka art and old Asian philosophy rooted in nature.

古流の花だより


 

2024年03月26日(火) 古流の花だより

3月20日~25日 石川県いけばな展が金沢エムザにて開催されました。

家元先生も出瓶されました。
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他、出瓶された方々です。順不同。
前期
ボックス作
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河崎理鳳、成瀬理博
ボックス作、レリーフ
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森川理青、田中理和、越野順穂
後期
中作
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山崎理惠
ボックス作
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中保理希、岡本理敏、干場成樹


 

2024年03月25日(月) 古流の花だより

3月19日~20日に北陸新幹線 小松駅 開業記念展が小松市観光交流センター「Komatsu九」で開催されました。

出瓶された方々です。
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奥田理和
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山崎理惠
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前出理榮


 

2024年03月25日(月) 古流の花だより

古流柏葉会富山支部で総会と家元講習会

--水野先生が新支部長に、渡邉理倭先生は顧問に

  3月17日に富山県富山市の高志会館で古流柏葉会富山支部の総会と家元講習会が開催されました。
  各議案は順調に議決され、令和6年度から役員が変更となりました。新体制は以下のとおり。敬称略
顧問/家元之会頭・渡邉理倭  支部長/家元之師範代・水野渡月 理事総務/家元之師範代・吉野理白 理事総務/家元之師範代・森沢華穂 理事書記/上席師範・野上妙葉 理事会計/上席師範・堀倭雅 理事会計/家元之師範代・竹内倭日 監事/自由華師範・永川智穂 監事/自由華師範・渡邉倭爽。
総会のあとで広岡理樹家元先生による講義が行われました。テーマは「古流の歴史と生け花のこれから」で、古代に遡った武家文化の系譜を解説したうえで、武家文化である古流の生け花の本質についての説明がありました。
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挨拶する新役員、右から2番めが渡邉理倭新顧問、3番目は水野渡月新支部長、右端は同席した家元先生。
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中心となって支部を結成し、長年にわたり支部長をつとめた渡邉理倭先生の挨拶。


 

2024年03月23日(土) 華林のブログ

武家文化の源流と意味 その一 埴輪『琴を弾く男子』と関東に突出する前方後円墳群

江戸・東京の霊的構造 その16 
-武蔵の国の中の〝ヤマト〟

  前項で見た東京・芝の増上寺と芝丸山古墳の地は、江戸の国学者たちが日本の文化のルーツに想いをはせるのに絶好の地だったかもしれません。
  東京の芝丸山古墳は『前方後円墳』で、この姿は古墳の中でももっとも個性ゆたかなものとして私たちにおなじみです。その個性的な形とともにそこから出土する埴輪やさまざまな物から、この古墳をつくった人々の文化にも強い個性があっただろうことが指摘されています。じつは、「前方後円墳」という命名は江戸期の国学者によるものでした。
  万葉集や風土記などは私たちに七世紀から八世紀にかけての文化の一端を伝えていますが、いっぽう、前方後円墳がつくられたのは三世紀の中ごろから七世紀初頭まで、また奈良など畿内では六世紀末にはほぼ姿を消したとされているようです。つまり、万葉集・風土記の時代と前方後円墳の時代はほぼつながっている、あるいは当時の日本の中枢地域ではせいぜい半世紀未満の空白しかないと考えられます。
さらに、畿内で早く終了した前方後円墳の文化が、北関東では半世紀(以上?) も長く続いていたこと、さらにはこの遅い時期に北関東で大型の前方後円墳がつくられていったことは、この連載のテーマ『東国』の謎を解くうえで大きな示唆を与えていると思われます。
  私たちの常識のなかで改めなければならないことがあると思います。それは、万葉集やいわゆる古代歌謡は格調の高い文化としてファンが多いのですが、古墳や埴輪となるといきなり「子ども向けのお話」となりがちなことです。もちろん、それらが子どもたちの興味を惹くことはたいへん素晴らしいことで子どもたちに啓蒙してゆくことは重要なことだと思いますが、学術的、論理的な眼で前方後円墳の時代の文化と万葉集などの時代の文化のあいだをつなぐ、解明するような努力があまりにもおざなりにされていると感じられます。
  さて、前方後円墳は固有の文化を持っていた人たちの象徴的な遺物と考えられますが、埴輪は前方後円墳でよく発掘される代表的なものの一つです。その埴輪のなかで目を引くものの一つに『琴を弾く男子』像があります。全国で三〇例ほどの発掘があるそうです。
  それらには共通点があり、同じような形の椅子に座り足の形もみな同様で、膝に五弦の琴をおいてバチで弾く姿です。頭髪や帽子も特徴的で、髪の毛を束ねて左右に長く下げているのも大きな特徴です。
  今日でも弾かれることがある日本の古い楽器「和琴」は実際に音を出すのは五弦で、アジアや日本の古来の五音(宮、商、角、徴、羽=五行の音でもある)にもとづいているかと思われます。今日に伝わる古代以来の神楽歌の譜にもこの音階名がつけられています。この埴輪の琴は日本古来の『和琴』であると考えてまちがいないでしょう。平安、鎌倉時代など古代には琴は〝位の高い〟楽器で、たとえば笙や篳篥が庭で演奏されれば、琴だけは屋内に持ち込まれます。その裏には、「琴=コト」という名前は、「言=コト」の伴奏であるという意味が込められ、つまり琴は人間の声と一体となるがゆえに高貴な楽器だったのです。今日でも琵琶床などとして琵琶を置く場所が違い棚のように床の間の一部にしつらえられることがあるのは、この伝統からくるものでしょう。
  埴輪の『琴を弾く男子』が他の多くの埴輪などの中心的な場所に配置されていたケースが多いのは、同じような理由からと類推することができそうです。この像の男子は声を出しているようにもみえますし、出していないようにもみえます。出していないのなら、他の人の〝声〟の伴奏をしている姿なのでしょう。
  『琴を弾く男子』に共通するもう一つの特徴は、左の腰に「刀」を佩帯していることです。刀や剱は多くの古墳時代などの遺跡から発掘される非常にポピュラーなアイテムです。それは武具なのか祭祀にもちいたものなのか、祭祀用である場合が多いのでしょう。
  言葉を発すること、あるいは哥を朗じることは、祭祀の場では中心的なことだったでしょう。それが日本の和歌の伝統につながっていったことは古代の和琴の役割から推測してもじゅうぶんに考えられます。つまりは、江戸時代までの日本の文化のなかでバックボーンとして貫かれていた和歌の文化の源流を、この埴輪にみいだすことにいささかの無理もないのです。
  前方後円墳の分布は、千葉県が突出して多く次いで茨城県、群馬県です。その次にくるのが奈良などの関西圏や鳥取、九州の一部になるそうです。東北や北陸にも少しはみられます。もちろん判明している分だけです。全国で五千基くらいあるそうです。前述したように北関東・関東のそれは遅い時代まで続いており、つまり、前方後円墳に象徴される文化は古墳時代の末期や古代の初期にはこれらの地域に深く根づいていったのです。それは当然、その後の時代にも大きな影響をあたえたでしょう。同じ刀の神話・神霊への信仰が古い時代から茨城県の鹿島神宮に、都でもよく知られるまでの強い存在感をもって伝わっていた理由もまたここにあるのです。
  そしてこの文化には、モノノフ、物部、武士といった系譜が深くかかわってきます。(以下次回へ続く)
20240323185335-karinen.jpg埴輪『琴を弾く男子』(弾琴男子像/埴輪男子倚像)
20240323185053-karinen.jpg横、上から見た前方後円墳の形。前方後円墳ではこの方形(左の四角い部分)で祭祀が行われていたとされる。右の円形部分が埋葬部。埋葬された王のための祭祀と考えられがちだが、ほんらいの天祖信仰、つまり「天地の宇宙神霊」と「祖霊」の両方の祭祀をおこなっていたと筆者は考える。
20240323190254-karinen.jpg東京・芝丸山古墳の方形部の頂上。ここは散策することもできる。その先の南西方向にはかつて海が広がっていた。東京湾は三陸以上のリアス式海岸の形状だった。太平洋の荒い海風が吹いていたことだろう。今でもタブノキなど海岸性の植物が生える。


 

2024年03月23日(土) 華林苑 花日記

キブシをヨーロッパのガラス器に

春に1週間ていど、美しくつらなって下がるキブシは水気の多い場所に目立ちます。以前には、新潟の弥彦山ですごい数のキブシをみつけ感動したことがあります。
これはこの3月に金沢市の金沢エムザで開催された花展で、廣岡理樹の名前で出品したものです。
書(絵?)は『巳』=ミ、へび。
キブシ、桃、椿。ドイツらしい表情のガラス器と陶鉢に。
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2024年03月11日(月) 古流の花だより

秀作の紹介 … 三重切(さんじゅうぎり)の生花(せいか)

竹の三重、つまり生け口が上下3段になった高い竹の花器を生けています。江戸時代中期あたりから姿をみせる花器です。上の口は行李ヤナギの左流し生け、中の口はシンビジウム右片落とし(中流し)、下の口はイブキ右本手です。ここでは、中の窓に花を収めるときの生け方になっています。1月の北國花展・金沢市より、田中理紅先生の作品。20240311202433-karinen.jpg


 

2024年03月11日(月) 古流の花だより

秀作の紹介-「枝垂れる柳」を生ける … 生花(せいか)

枝垂(しだ)れる柳を生けるときは、ほんらいの枝垂れる柳を生ける場合と、行李ヤナギなど本来は枝垂れない、つまり上へ伸びるヤナギを撓めて枝垂れる姿に生ける場合とがあります。これはほんらいの枝垂れ柳を生けたときの秀作。「受」は椿です。
今年1月の北國花展・金沢市より、小林理啓先生の作品。
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